opensesame_mamaslife’s blog

アルバイト保育士しながら子育て中。三人娘に、長男坊の旦那を育てるおかんです。自分の頭の中と心の中を書いていきます!

95歳のおばあちゃん

私には95歳になる母方の祖母がいます。

訳合って、私が結婚した五年ほど前から、
父と母と一緒に住み始めました。

祖父は早くに亡くなり、
30年ほどずっと一人で生活していた祖母の家の
水回りを新しくして、同居が始まりました。

祖母はとても料理が上手で、
強くて優しい女性です。

戦時中の話や、祖父の話、
若かりし日の自分の話。
近くに住んでいることもあり、
たくさんの昔話を聞かせてもらいました。

長女が生まれ、実家に帰ると
祖母は大喜びして、たくさん可愛がってくれました。
次女の時もそうでした。

母と父が亡くなり、
祖母はまた一人になりました。

自分の子どもを見送るって
どんな気持ちなのかな。。

きっとものすごく辛いと思うのですが、
祖母は黙って運命を受け入れてました。

三女が生まれ連れて行くと、
祖母はとても幸せそうに抱いてくれました。
父と母には抱いてもらえなかったけど、
祖母には姉たちと同じように抱いてもらえて、
私も嬉しかった。

このまま穏やかに過ごしていってもらえると
思ってたのですが、母の姉、私の叔母が、
祖母に施設に入るように話を持ちかけました。

叔母は叔母の思いがあって、
娘である自分がいるのに、
妹の子どもに頼っててはいけないと、
自分自身も高齢になり、
車の運転にも自信がなくなって、遠くの
祖母の家に頻繁に来られないということ。

私たち兄弟三人は、何度も話し合いました。
このままでも、みんな近くにいるから、
いけるのでは?
でも、いつまで祖母はこのままでいられるのか。
祖母にとったら何が良いのか、
この年になって、ずっと住んでいた家を売って
全く知らない土地の知らない場所に行くって
どれだけのストレスがかかるのか。

悩んだ結果、
私たちのワガママとして、
もう少しその話を先にしてほしいと叔母に
話しました。

でも、叔母は毎日一人で過ごしていることが
心配だからと、結局施設に入る方向で話を
進めはじめました。

さいころからずっとあったおばあちゃんの家。
父と母が住んでた家。
まだ、二人の生きてた跡がある家。
いつも笑顔のおばあちゃん。

通るたびに寂しい思いをしないといけない。
まだ二人の死に気持ちがついていけてないのに。
おばあちゃんまで離れてしまう。

おばあちゃんが嫌って言ってくれたら。
と願ったけど、
人に迷惑をかけるのが何よりも嫌いな祖母は、
「仕方ないね。
 いつまでこうしていられるかわからないし、 
 見てくれる人の言うことを聞かないと。
 長く生きてるからややこしい。
 もう、早く迎えに来てくれていいのに。」と

ワガママのひとつも言いませんでした。

おばあちゃんはやっぱり私の憧れの女性です。

もう少しになるかも知れない祖母との時間、
両親に出来なかった分の親孝行、
両親が出来なかった分の親孝行、
かわりにしていきたいと思います。

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三女と二人きりの夜

今日は旦那が地元の友だちのところへ
上二人を連れて行きました。

正直言うと心配で心配で
「行かんといて!」
って言いたいくらいでしたが。。

でも一応彼も父親。

姉に言われました。

「あんたがそうやって
 心配やから。
 出来ないから。
 って何にもさせへんから
 大変さも分からないし、
 何もしなくなるんやろ!!」

でも…
事故にあったらどうしよ。。
楽しくなって飲酒なんてしてしまったら。。
子どもほったらかしにしてたら?
目離したすきに車にでもひかれたら??

って不安で。

毎日一緒にいるとたまに離れたい。
ゆっくりさせてよ!!
って思うときもあるけど、
やっぱり寂しい。。

くよくよしてても仕方ない。
だって何があるかなんてわからへんし、
そんなこと言ってたら外に出られない。

でも
子どもの身体や心が傷つくことが
親にとったら一番悲しいこと。
そんな思いさせないようにって
守りすぎるのもよくないけど、
どうしても守りに入ってしまう。。

なんとか送り出して、
気持ち入れ替えて
三女と穏やかな時間。。

明日の七夕に向けて
タルトでも作ろうと動きだしたものの。

いつもはおとなしい三女が

グズグズ…

いつも一緒にいる姉たちがおらず、
静かすぎて寂しいのかな…。

こんな小さくても姉たちの声や気配は
この子にとって安心材料なんだな。
と姉妹の絆にちょっと感動。。

あんまりゆっくりできなかったけど、
無事に帰ってくるのを
タルト焼きながら待ちたいと思います。

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お好み焼き

結婚してから二回目の我が家でのお好み焼き。

実は新婚のころ一度張り切ってホットプレートをだして
お好み焼きをしたのですが…
なんせ二人なのでそんなに食べない。。
でもホットプレートは重たくて片づけも大変。。

これならフライパンで焼いた方がいい!と
ホットプレートはそれから一度も使わず…。

お好み焼きは実家で食べるもの。
もしくは買ってくるもの。
になってましたが…。

実は最近新築祝いにと、姉家族に
今流行りの、

「ブルーノ グランデサイズ」

を買ってもらったんです!!

嬉しくて、
チーズタッカルビもんじゃ焼き
たこやきなど、今までできなかった
ホットプレート料理を楽しんでました♪

そしてついに今日は

お好み焼き」

あの時より家族も増えたし…
ブルーノは使いやすくて軽いし…

最っ高でした!!

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ホットプレートや鍋って、なんとなく
“家族” って感じがして良いですよね。

私の実家では、肉料理や鉄板料理、鍋料理は
父の仕事でした。

まずは焼きそば…

と、作り出した途端、焼きそばを作る
父を思い出しました。
お風呂上りで上半身は裸。
タオルを首にかけて、汗を拭きながら。
ビールを飲んで、両手にコテを持って。
調味料やソースは豪快に使う父。

みんなのお皿に取り分けてくれて…。

「美味しかったな~」

懐かしくて…。

もちろんお好み焼きを焼いてても
思い出します。

楽しかったな。
美味しかったな。
嬉しかったな。

元気なころの父はよく料理を作ってくれました。
お弁当も作ってくれました。
味覚が正確でほんっとに美味しかった。

5年前病気が見つかったとき、
「店出したかったな。」って言ったほど、
料理が好きでした。

病気が見つかったとき、
ドラマのドクターエックスを見ながら、
「俺もこんな医者に会いたいな」とも
言ってました。。

何かをするたびに父や母を
思い出す毎日。

幸せな思い出もまだ、
目を細めて「懐かしいな」と
思えるわけではなくて。。

もっと生きたかったよね。
早すぎるよ。
あの時もっと。。
と、また頭の中がフル回転し始めます。

そして、やっぱり心がしめつけられます。

いつか、心から懐かしくなる時が
くるのかな?

「早く亡くなってかわいそう」

というのも何となく違うくて…

早く亡くなったけど、
恋愛して、結婚して、子どもができて
孫ができて。。
父と母は素晴らしい家族を作ってくれました。
だから、
「かわいそう」
ではないんです。

「もっと生きたかった」
という思いも、
「もっと生きてほしかった」
という思いも
本当で、ずっとそう感じていくと思います。

でも、父と母が生きた時間は
決して
「かわいそう」
じゃなかった。

…結局また
頭の中で同じ会話を繰り返してます。

いつか心の中が、頭の中が、
穏やかに受け入れられる日が
くるのかな?

それとも、みんなこんな思いを抱えたまま、
生きてるのかな?

母の死から…

母の死から5ヶ月が経ちました。

順をおって、父と、母が生きたことを、

私たち家族のことを書いていきたいのですが。。

なかなか頭の中の整理が出来ず…

 

実は両親の死から、ずっと頭の中がフル活動してて、

 

同じことを何度も考えたり、

後悔しては、悲しくなり、現実を見て見ぬふりはできず。

もちろん、普通の生活は難なく過ごしてますが、

やっぱり、ただ過ぎている日々をこなしている。

感覚です。

 

記憶は必ず薄れていくので、

毎日の中で、時が経つにつれて、

忘れていってしまうのかな?

あの時の事、私が思ってたこと。

 

落ち着きのない頭を冷静にするために、

記憶を残しておくために、

慣れないネットを使ってブログ始めたんです。

 

母は明るくてとても愛嬌のある人でした。

子どもが好きで、たくさんいる孫が可愛くて仕方ない。

そんな母でした。

もちろん良いところばかりじゃなくて、

人を頼りにする性格で、家族はよく

「お願い」をされました。

 

これしてほしいねん。

連れていってほしいねん。

こうしてほしかってん。

 

正直、生きてるときは勝手な人。

と怒ることも、喧嘩になることもありました。

私は兄、姉がいて、三人目のワガママ娘で、

少なからず、母と似たところがあり、

ぶつかることも多くて…。

 

でも小さいころから三人目の私を溺愛し、

結婚も遅く、家をでても実家の近くに住み、

何だかんだ一番近くにいたのも私で…

 

母が病気になってから、

病院の送り向かいをしたり、

孫に会いたいと言われれば連れて行ったり、

 

今思えば母の「お願い」なんて

ホントに些細で、その何倍も私はしてもらってたのに。。

 

私にとって母は、私の思いを全部組んでくれる人。

と、根っから頼りっぱなしで、してもらってる分

ちゃんと返していかないといけなかったのに、

最後まで「もう…」

勝手だなー。と思ってしまい…

 

でも、いざ母がいなくなると、

母親の存在って思ってたより大きくて、

心に大きすぎる穴が開いて、もう34歳になって

家族もあるのに根っこがぐらつくような、

そんな感覚で。

 

でも、そうですよね。

母親って何よりも子どもが大事で、

子どものために生きててくれたんですもんね。

 

唯一、何の損得もなく、ただ愛してくれる人の存在って

こんなに大きかったんだな。って。

あたりまえすぎて気づかなかった。

こんな年になって、情けない。

もっと死を身近に感じてたら、

こんなに早く逝ってしまうなら、

なんでもっと優しくできなかったんだろう。

なんでもっと大事にできなかったんだろう。

 

出来なかった親孝行。こんな娘でごめんなさい。

 

きっと母は、そんな風に考えなくていい。

って言ってくれてると思います。

母が逝く5日前に先に旅立った父と

今頃天国で美味しいもの食べてると思います。

そうじゃなかったら、悲しすぎるから。

 

会いたいな。

ってずっと思ってるけど、

(ちゃんと生きなさい)

(命を大切にしなさい)

と育ててくれたから。

後悔しても悔やんでも、前を向いて

生きなさいって教えてくれたから、

父と母にできなかった親孝行の分、

二人がしてくれたみたいに、子どもを育てていきたい。

周りの人も大切にしていきたい。

 

頑張って頑張って自分らしく生きて、

もし寿命が尽きる時が来たら、

迎えに来てくれますか?

死ぬのが怖くないように、

そばにいてくれますか?

 

その時はもう一度私をただ愛してください。

そして私に愛さしてください。

 

 

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ホルモンのバランスが…

私、実は三人目帝王切開の時、

子宮とってるのですが、

 

ここ何日かイライラして、

子どもにもきつく叱って。

 

叱りすぎたな。

これではあかん…

と反省したのもあるけど、

 

それからなぜか心が穏やか。。

 

あれ?

これは懐かしの生理前のイライラ!?

 

子宮がないので生理はこないのですが、

卵巣はあるので、そんな症状ありますって

先生言ってたな。。

 

ホルモンのバランスでイライラして

子どもにきつくあたってたのかな…

 

情けない母でごめんね。

 

でも、イラッのときに、深呼吸

心の中で

「我慢。忍耐。」

と念じてみることで、

少し穏やかになった部分もあるのかな?!

 

よしっ!

 

反省したら改善だ!!!

子育てって難しい…

保育士してると、お母さんたちの悩みってたくさん聞きます。

でも、保育園で子どもと整った環境で過ごしているときは、

それぞれの個性があって、楽しいんです!

もちろん大変ですが…

 

でもいざ我が子となると、

こんなに大変なの!?

と悩みはつきません。

 

やっぱり子どもたちも家で見せる顔と

保育園での顔がありますもんね…。

 

10年以上子どもと関わってすごしてきたのに、

我が子を見ていると、こんな感じで大丈夫なのかな?

と心配ばっかり。

 

我が子ということに甘えてしまって…

 

今日も起こりすぎた。

感情的になってしまった。

どうしたらいいのかな?

こんなのでまともに育ってくれるのかな?

こんな親で申し訳ないな。

 

だんだん気分も落ちてきて。

 

我が家は今、もうすぐ4歳になる長女に

手をやいております。

まさに

第一反抗期。

 

どうしたら聞いてくれるのかな?

どうしてこんな理不尽なのかな?

 

と毎日戦いです。

 

でも、やっぱり親として大人気なかったり、

長女ということで甘えてしまっている部分もあって。。

言ってもまだ4歳。

 

子どもなんでそんなもの。

 

と分かってあげられたら。

保育園ではできるのに…

 

今日は怒鳴ってしまいそうになるのを

なんとかぐっとこらえてすごしました。

 

このままだときっと、

ほんとに悪いことが伝わらなくなって

しまうと思うから。。

 

本当に子育ては難しい。

めっちゃ笑いました!!

長女「お父さんかっこいい~」

 

私 「…」

 

長女「お父さんめっちゃかっこいいで!!」

 

私 「どこが??」

 

長女「パンツとか!」

 

私 「笑!!」

 

長女「ズボンもかっこいいで!!!」

 

私 「爆笑!!」